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明治4年頃、アメリカ人宣教師であり医者であるヘボン博士(Dr.James Curtis Hepburn)が日光を訪れました。 当時外国人を泊める宿がなく、困った博士を東照宮の楽師をしていた善一郎が自宅に招じいれたのがきっかけで、外国人専用のカッテージ・イン(民宿)を開業したのが明治6年と伝えられています。 その後、滞在客が増え、明治26年には現在の地に移り『金谷ホテル』を開業します。金谷ホテルは130余年という歴史のなかで、先人たちが培ってきたものを時代に合わせながら未来につないでいく努力を日々行っているのです。
本館は明治26年に木造2階建として建設された後、平面的にも立体的にも増改築が行われた歴史がある。建物の南側にある厨房には、鉄骨造のフレームが導入されている。 昭和37年に、鉄筋コンクリート造の第一新館を本館に増築。
本館は、第一新館部分も含め、大きな屋根の下に木造・鉄筋コンクリート造・鉄骨造が平面的にも立体的にも非常に複雑に混在している建物である。
各所のコンクリートの健康状態を精密に調査したところ、1箇所を除いて、設計基準強度を上回る強度であったことも確認された。
登録文化財であることに厳重な配慮をする上で、建物外部の仕上げや建物の使い勝手に極力影響を与えない補強方法を選択。耐震補強は、建物への影響が少ない、鉄骨フレームにより耐力を確保した。尚、鉄骨フレーム耐力を保障するため、鉄筋コンクリート造の基礎も設けられた。 第一新館部分に関しては、耐力の不足する1.2階部分に壁を増し打ちすることにより、必要な耐震性能を確保した。
明治34年に木造2階建として建設され、その後、西へ一部増築された経緯がある。 1階にボールルーム、2階に中廊下を隔てて左右に客室がある。 本建物は、1階ボールルームの空間を確保するため、建物全体に支えられた小屋トラス部分が、2階全体を吊り下げると言う、非常にユニークな骨組で形成されている。
1階外壁にある鉄骨造のバットレスと呼ばれる控え壁が新設・補強され、梁間(Y)方向の耐力が補われた。更に頂部を鉄骨梁で繋ぎ、門型のフレームを形成。桁(X)方向の耐力も確保された。 調査により、床下、つまりボールルーム下の大引と呼ばれる基礎の部分には、天然木に加工を施したものが採用されていたことも確認された。また、天井裏からの確認で、小屋組みトラス部分は健全であることが確認された。
昭和9年に純和風の外観で建設された木造3階建の建物だが、骨組みは、まさに「洋風」であると言う。 1,2階部分の浴室・トイレ部分は鉄筋コンクリート造の四角いコアになっているが、3階だけは木造。このことにより、この建物は木造と鉄筋コンクリート造の混在する構造とも言えるのである。
他の建物同様に、外部仕上げに対して極力影響の少ない補強方法が選択され、耐震補強として、壁を構造用合板による補強で耐力を補った。 2階部分が最も耐力が不足しており、XY両方向について補強が行われた。
ホテル敷地内で一番高い山の上の池(冬季は天然スケートリンクに)の横に建つ竜宮・展望閣。 竜宮は木造2階建、展望閣は木造1階建で一部鉄筋コンクリート造と木造の地下がある。この2棟が渡り廊下で繋がっている。眺望を考え、ほとんど壁のない建物となっている。
展望閣は、2004年の新潟中越沖地震の影響で木製窓ガラス枠に緩みが生じた箇所があり、柱の傾きを修復。また、既存の壁を補強することによって、外部仕上げに影響を与えることなく、最小の補強で必要な耐力を確保した。 竜宮1階は鉄骨フレームを新設し、不足耐力を補強。2階部分を支持している天然木の6本の柱に対し、壁を新設し、補強壁と平面的にバランス良く配置することで必要な耐力を確保した。なお、建物片側が崖地であるため、鉄筋コンクリート造の基礎を設けた。
リニューアル設計:株式会社アルコム 船越 徹 施工: 大成建設株式会社
資料提供:日光金谷ホテル 栃木県日光市上鉢石町1300番地 (0288) 54-0001 http://www.kanayahotel.co.jp/